特徴のなさがイヤになる。

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

 

私は昔から特徴がないタイプの人間でした。自発的に何かに打ち込むこともありません。興味の幅は狭く新しいことに挑戦しようと思うと腰が引けます。人間関係も表面的で希薄です。言われたことを与えられた枠内で粛々と実行する。そういう受け身な人間です。

特徴を自覚していないことも原因です。あなたはどういう人間ですかと問われた時に、長所や得意な事や性格が真っ先に思い浮かばないのです。逆に短所や苦手な事は即答できるレベルです。この考え方や思考回路は自己肯定感を下げます。しかし変えようと思っても変えられません。

どういう人間でありたいかではなく、どういう人間になりたくないのかという発想でいることも原因なのかもしれません。確固とした個を持っている訳でもない。目標とする場所がある訳でもない。そうすると反面教師にする人と出会ったり自分の至らなさを痛感する度に修正するという方法を取らざるを得ないのです。

 

しかし良く考えてみると私が誰かと接している時、この人は特徴がないと思うことはまずありません。そう考えると自覚的ではないにせよ他人の目から見ると特徴的な部分があるかもしれないとも思えます。良い特徴なのか悪い特徴なのかは分かりませんが。

特徴に自覚的な方が強みを伸ばしたり弱みを補ってもらいやすくなるでしょう。また特徴を基礎とした行動を取ることができ一貫性が生まれるのではないでしょうか。特徴のなさに悩んでいるように行きあたりばったりで優柔不断なのが私の特徴なのかも知れません。それが嫌で一貫性に憧れているのか。

考えていくと特徴というものは無理に自覚する必要もないとも思えてきます。他人の目を気にしている。自分に自信がない。というネガティブな動機があるから特徴を探さなきゃと変に焦っていたのかもしれません。自分自身が正しいと思うことをする。人の意見や考えは素直に受け入れる。人と接するときは誠実にする。という基本的なことを守っていれば特徴を自覚してようがしていまいが幸せに過ごせるのではないか。そのように考え始めています。

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。何かの一助になれば幸いです。